〜旅の終わり〜

「もしもし志帆です。いまキャンベラにいるので、今日シドニーに
到着します。例のオーストラリアで仕事を続ける件について考えた
のですが、日本に帰って職を探そうと思います。色々と面倒を見て
いただきありがとうございました」

　公衆電話の受話器を置いて、僕は自分の車へと歩き出した。ワー
キングホリディビザの１年という有効期限を過ぎても、仕事をもら
いながらオーストラリアで生活ができるというのは、僕にとってと
ても魅力的な誘いだった。

オーストラリアでの生活は楽しい。特に港町のシドニーは、自然と
文明を身近に感じられる魅力的な都市だ。車で１時間も走ればスキ
ューバダイビングができる海や、コアラやカンガルーが住む森林地
帯を見に行ける。日本が恋しくなっても、中華街に行けば日本食を
山ほど売っている。日本のテレビ番組をレンタルしている店や、少
年ジャンプ売っている紀伊國屋まである。

　しかし僕にはそれらのことが、日本に帰るまでの休憩にしか感じ
られなかった。オーストラリアに居続けたとしても、いつか帰る日
本のことを気にかけながら、生活することになるだろう。僕はまだ
25歳だ。これから日本に帰っても、まだ新しい何かを始められる。
しかしオーストラリアに数年間いた場合、楽しい日々は送れるかも
しれないが、帰国した時は苦しむことになるだろう。なんの技術も
持たない僕を、日本の会社は受け入れてくれないだろう。

　僕は車のドアを開けて運転席に乗り込んだ。１０月のキャンベラ
は春。辺り一体には植物のものと思われる無数の綿が、暖かな風と
一緒に舞っていた。車のドアを閉めると車内にも綿が舞った。車泥
棒に割られた左後部座席の窓から入ったのだろう。

僕はシドニーに向かうため、エンジンをかけてアクセルを踏み車を
発進させた。バックミラーを見ると、綿がタンポポの種子のように
舞い上がっていた。



　それから車を走らせること４時間。前方にシドニーのビル群が見
えてきた。あそこに到着すれば、オーストラリアを１周したことに
なる。

　ねえ、知ってたかい？オーストラリアのシドニーを北上すると、
１年中真夏のケアンズって場所があって、ラフティングという川下
りが最高に面白いんだよ。そこから西へ行くと砂漠地帯になってて
さ、しばらく行くとエアーズロックていう大きな一枚岩があるんだ。
太陽の角度によって色々な表情を見せてくれるから、１日はいた方
が良いね。ちなみに近くにアリス・スプリングスていう町があるけ
ど、車内荒らしには気をつけような。

一枚岩を見たらは北上してみよう。ずっと上に行くとダーウィンっ
て場所に着くはずだ。ここは熱帯雨林気候だから湿気と暑さがすご
くてね、川にいるワニが水面上にジャンプしちゃうくらいなんだ。
面白いから見てみると良いよ。ダーウィンを満喫したら再び西に行
ってみよう。観光スポットとして有名なグレートバリアリーフより
もきれいな西海岸にぶつかるよ。そこから見える海はインド洋にな
るんだけどさ、そこに沈んでいく太陽は見ておこうぜ。

夕日が沈むのを見たら今度は南下。パースっていう街があるからさ、
ここには長居しておこう。実はこの街って物価が安くて、夏でも結
構涼しいので、永住するのに良い場所なんだけどさ、僕のオススメ
はなんと言ってもノゾキ。運が良ければバックパッカーの洗濯置き
場でいちゃつくカップルを見られるかもよ。ノゾキが終わったら車
を東に走らせよう。ナラボーという広大な平原を突き抜けて、アデ
レードに到着したらＦ１フリークだったら、アイルトンセナの手形
は見ておこうな。

次の街はメルボルンだけど、ここではペンギンパレードとグレート
オーシャンロードを絶対に見よう。そうしないと一生後悔するぜ。
ここまで来たらシドニーなんかもう目の前。途中にキャンベラって
いう首都があるけど、どうでも良い場所だ。オーストラリア人から
も「退屈な街だぜ」なんて言われてるからね。そしてキャンベラか
ら４００キロほど行ったらシドニーってわけだ。

　ねえ、知ってたかい？僕は地図を片手にシドニーから出発して、
オーストラリアを１周してみたんだけど、ちゃんとシドニーに帰っ
てこれたよ。オーストラリアの地図は、オーストラリアの大地と同
じだったってわけ。この当たり前のことに気がつける機会ってあま
りないぜ。電車やバスの旅では気づけない。窓からの景色を眺めて
いたら着いていた。これじゃあダメだ。徒歩や自転車、自分の車で
地図を片手に動かないとね。

　けど僕は何も地図が正しかったなんて話をしたいわけじゃないん
だ。当たり前とか常識とか思っていることを、体を使って確認する
のが大切な時があるってことを言いたいんだ。体を使った結果と当
たり前が一致していても良いんだよ。それにより誰かが考えた当た
り前が、自分の経験になるのだから。もし考えと違っていたらすご
いぜ。大多数の人が間違えていることを、自分は気がつけたのだか
ら。

何かに躊躇するくらいならやった方が良いよ。悩んでいる時間がも
ったいない。同じ悩むなら行動しながら悩んだほうが楽しいぜ。



シドニーの街に入った時、僕はカーラジオのスイッチをオンにした。
すると懐かしいヒット曲が始まるところだった。ラウンドを開始し
た日に車内に流れていた曲が、最後の日にもカーラジオから流れた。

♪OOH, MY LITTLE PRETTY ONE, PRETTY ONE
　WHEN YOU GONNA GIVE ME SOME TIME, MY SHARONA?
　WILL YOU MAKE MY MOTOR RUN, MY MOTOR RUN?
　GOT IT COMING ALL FOR THE NIGHT, MY SHARONA♪
Song is My Sharora/Artist is The knack /in1979

「♪おまえの尻は！尻は！他とは違うぜマイ〜シャローラ♪」


The End

Thanks for Satoshi and Eri.