〜Ｄａｗｎ Ｐｉｎｋ〜
Ｐｉｐｉｎ！Ｐｉｐｉｎ！Ｐｉｐｉｎ！Ｐｉｐｉｎ！Ｐｉｐｉｎ！
電子計算機兼目覚し時計（なんちゅー商品だ）が朝の５時３０分
を知らせる。当然の如く外は真っ暗なのだが、私と聡はモソモソと
ベットから這い出す。
聡「うぇ〜ん。まだ眠いよ〜」
まだ寝ているＹＨＡの皆々様を起さないように、聡の顔面に拳を
叩き付けて、鉄拳制裁。右頬を抑えながら、めそめそと泣く聡を助
手席に乗せて、私たちは真っ暗な中エアーズロックへと向った。
そう。私たちは、喧嘩をするために目覚し時計をセットしたので
はない。日の出と共に真っ赤に染まる、エアーズロックを見るため
に早起きしたのだ。それともう一つの狙い。実はエアーズロック周
辺は国立公園になっていて、普通の時間に行くと入園料を取られて
しまうのだ。
値段は確かＡ＄１０かＡ＄１５くらいだったが、この観光客にとっ
てお手ごろな値段も、普段Ａ＄１０ちょっとの宿に泊っている私た
ちには大きな出費。暗闇の中、無人の料金所を通った時、私たちは
心の中でガッツポーズをした。
だが起きるのが少し早すぎたようだ。観光客がよく集まる、日の
出が奇麗に見えるポイントに到着したのだが、そこには誰も居なか
った。しかも寒い。その上眠い。
さすがは砂漠地帯。昼間は４０℃くらいまで気温が上がるくせに、
朝晩はかなり冷え込む。クーラーのみ装着し、後部座席の窓が大破
しているオンボロ君の車内は、外気と同じ温度かそれ以下に保たれ
ている。（聡の涙で）
太陽が昇りそうな気配はまだ無い。私（当時２６歳）と聡（当時
３６歳）は暇を潰すため、車内で突然みちのくプロレスごっこを始
めた。私が演じる新崎人生の必殺技”極楽固め”を、聡の演じるヨ
ネ原人はするりと抜け、自らの体をロープに投げて（ロープ？）、
必殺技である”２階落ち”を私の右肩にお見舞いした。
ここまでの時間およそ４５分（早いな！）、２人の体力は限界に近
づいて来た。ゆっくり体を起すと右肩に激痛が走る。苦悶に顔を歪
めながら、コーナーに体を預けると（コーナー？）、車内を取り囲
む人達の姿が目に映った。
日の出が近いのだろう。私たちの車は、いつのまにか観光客に取り
囲まれていたのだ。彼等は日の出までの時間を、私たちのファイト
（みちのくプロレス）を見て時間を潰すつもりなのだろう。
「何やってんだ！休んでないで攻撃しろよ！」
「今がチャンスだ！やっちまえヨネ原人！」
私は観客たちの声援に答え、リング中央にいる（リング！）ヨネ原
人（聡）に、最後の賭けである”高野落とし”をお見舞いした。し
かしそれはヨネ原人の読み通りの攻撃であり、彼は体を半身ずらし
て、新崎人生（私）の足を払って、転倒させたところに”スパイン
ボム”を発射し見事命中させた。
胸に直撃した膝のせいで、私は息が出来なくなり、その場でもがき
苦しんだ。涙を流しながら車外を見ると、オージーに右手を上げら
れたヨネ原人（聡）の腰にはチャンピオンベルトが巻かれていた。
私は運転席と言う名のリングに、両の拳を叩き付け涙した。この
試合だけは勝ちたかった（地方巡業）。拳をリングに叩き付けても
何の解決にはならなかったが、そうせずにはいられなかった。車外
に聞こえる歓声。私は一人車内に取り残され、泣き疲れて眠ってし
まった。
聡「おい起きろよ！そろそろ太陽が昇るぞ」
志「ん…眩しい。あれヨネ原人？！」
聡「なんだよ、ヨネ原人って。ほら朝日を浴びたエアーズロックを
フィルムに収めたいんだろ」
目を擦りながら車外を見渡すと、２００人近い観光客が今や遅し
と日の出を待っていた。私はいつから眠りに就いたのだろう。覚え
ていなかった。みちのくプロレスごっこは幻だったのだろうか。
聡に促がされてカメラを片手に車外へと出ると、太陽が今まさに
昇ろうとしていた。
坂本龍一の娘さん坂本美雨の曲でDawn Pinkというアルバムがあ
る。タイトルの意味は、夜が明ける時に一瞬だけ見えるピンク色の
空という意味らしい。
太陽は私たちの背中から昇り、正面に見えるエアーズロックを照ら
し出す。ピンク色の空が背中から私たちを包み込み、正面に見える
エアーズロックを照らし出す。つい先ほどまで、暗闇の中で一際黒
かった赤いエアーズロックが、ピンク色に照らし出されて赤紫色に
染まっていく。
しかし地球の自転速度があまりに速くて、それらの事は一瞬で終
ってしまった。フィルムに収めても意味の無い、貴重な出来事だっ
た。
私たちはもう一眠り出来る事を期待しつつ、ＹＨＡへと戻った。
電子計算機兼目覚し時計を見ると、３０分くらいなら寝ても大丈夫。
私はベットに仰向けになって、タイマーをセットした。
そして両腕を思い切り伸ばしたその瞬間。右肩に激痛が走った。あ
まりの激痛に体を丸めると、今度は胸の中央に激痛が。この痛みは
一体なんだろう。
２段ベットの上にいた聡に助けを求めようと覗いてみたら、ベット
の中央に正座して、ヨネ原人のマスクにアイロンをかける聡がいた。
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