〜栄里参上〜
私と聡はプール付きＹＨＡを早々に引き払い、サーファーズ・パ
ラダイスで予約しておいたコンドミニアムに向った。
コンドミニアムとは、普通のマンションの間取りに、家具やキッ
チン用品、食器類が全て揃っている宿泊施設の事で、借りたその日
から生活が出来てしまう。
食材をスーパーマーケットで買い込んで、みんなでわいわい言いな
がら食事を作る。美味い不味いを、ビールを片手にほろ酔い気分で
キャーキャー騒ぐ。手軽に共同生活が出来る場所だ。
値段の方は一人￥６、０００も出せば泊まれてしまうお手ごろ価格。
大抵は一日いくらで貸してるので、人数が多くなるとそれだけ割安
になる。
私たちは全ての荷物をコンドミニアムに運び込み、１３：０５到
着の栄里を迎えにダーウィン空港に向った。
聡が着てくれた時も思ったのだが、いくら海外旅行が手軽になっ
たとはいえ、ビザやパスポート等を揃え無くてはいけないのが面倒
だ。しかしそういうのを踏まえて、わざわざ遊びに来てくれる友達
がいるというのはうれしいものだ。
私と聡が空港内のベンチに座ってお行儀良くしていると、定刻通
りの到着を伝える港内アナウンスが流れた。私がカメラを構えて栄
里の登場を待っている横で、聡は熱い抱擁とキスの練習をしていた。
ファインダー越しに次々と出てくる乗客を覗いていると、ストラ
イプ柄のＴシャツを着た栄里がさっそうと現れた。久しぶりに見た
栄里は、自慢のロングをばっさりと切り、お坊ちゃんの様な髪型に
なっていた。
私は栄里が「キャー久しぶり！」と言った所でシャッターを押し
た。そして聡は熱い抱擁をしようと栄里に近づいたが、栄里は体を
硬直させてそれを拒否。そして困ったような視線を投げかけてきた
が、私は完全にそれを無視。こうして３人の共同生活が幕を開けた。
〜世界一おいしいレストラン〜
この日は３人の再会を祝して、ガイドブックに載っていたタイ料
理のレストランで夕食をとる事にした。”ハヌマン”という名前の
そのレストランは、高級感が漂う場所だったのだが、私たちはジー
ンズにＴシャツという格好で乱入した。あと髭と。
タイ料理で一番有名な料理は、何と言っても世界三大スープのひ
とつに挙げられる”トムヤムクンスープ”だろう。酸っぱくて激辛
なので有名なスープだ。私たちはそれを筆頭に、”ナシゴレン”と
いうタイ風チャーハンや鳥肉のレッドカレーを注文した。
一番最初に運ばれてきたのは、トムヤムクンスープだった。独特
の酸っぱいにおいが、鼻先をかすめるので食欲がそそられる。スー
プを全員に分けた後、レンゲでスープを掬い取り口に運んだ。
聡、栄、志「うまい！」
それは感動的な美味さだった。スープは適度な酸味を漂わせなが
ら味覚を刺激し、胃袋へと収まっていく。日本で食べると「これで
もか！」というくらいの辛さに舌を真っ赤にするが、強烈な辛さは
微塵も感じられない。しかし間違いなくこの味はトムヤムクンスー
プだ。
今度はスープに入っている鳥肉を食べたが、肉の中には充分すぎる
ほどのスープが染み込んでいて、奥歯に軽く触れた時に「じゅわっ」
っと溢れ出した。そして肉を噛み締めると、更なるスープと共によ
だれが溢れ出た。
私は何事にも熱しにくく冷め易いので、感動とは無縁のタイプな
のだが久々に大きな衝撃がやってきた。ましてや料理を食べて感動
するなんて事は、自分には一生無いだろうと思っていたので意外だ
った。シドニーを出発して以来、おいしい料理をあまり食べていな
かったのも幸いだったかもしれない。
だがこの店は、トムヤムクンスープだけがおいしい店ではなかっ
たのだ。この後に出てきたナシゴレンがまたとてつもなく美味い！
本当にもう絶妙なバランスの香辛料の使い方が、味覚神経を打ちの
めしてくれる。
一粒一粒がパラパラに炒められた上品な米の中に、アクセントとし
てカリカリに揚げた香ばしいニンニクが入っている。ニンニクは少
し下品なくらいに油でギトギトに揚げられていたが、上品と下品が
絡み合い、見事な味覚バランスを保っている。
聡、栄、志「どいつもこいつもうめぇー！」
この後に出てきた全ての料理が上手かった。日本でこんなに美味
い物を食べた事が無い。しかも値段はそんなに高くはなかった。
思いがけない大当たりを引いて栄里は御満悦だった。そして大股
開きで闊歩する栄里を先頭に、私たちはコンドミニアムへの帰路に
ついた。
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