〜シホ・スカイウォーカー（Ｏｎ Ｔｈｅ Ｂｅｄ）〜
コンドミニアムに帰る車内は、聡と栄里による大盛り上がり大会
になっていた。
聡「すげぇーよ！あんな体験は生れて始めてだよ！何かに例えたい
けど思い付かないよ！」
栄「うん！すごいよね。ジェットコースターとかの１００倍面白く
て、最高に気持ちが良かったよ！」
ジェットコースターの１００倍なんて想像つかなかった。私には
東京ディズニーランドのスペースマウンテン（お子様用ジェットコ
ースター）が調度良い。できる事なら、ホーンテッドマンション
（全然恐くないお化け屋敷）でのんびりするのが似合ってる。
しかしそんな私だが、一度だけフリーフォールに乗った事がある。
どうにか自分の弱点である、落ちモノ恐怖症を克服したいと思った
からだ。しかし結果は散々。落下した直後に、前立腺に激痛がはし
り（なぜかは不明）、一緒に乗った会社の先輩（男）の手をしっか
りと握り締めていた。
志「あの…、フリーフォールと比べると怖さはどうだった？」
栄「だからさー！全然恐くないんだって！超楽しいんだって！」
それを聞いた聡は、小さく首を横に振った。やはり男と女では、
感じ方が違うのだろうか。
栄「私もう一回やりたいよ〜。志帆が付き合ってくれるなら、私
もう一回飛ぶ！」
志「え…俺！聡は？」
聡「俺はもういいや…」
２人が地上に降りてきた時の、輝くような笑顔が羨ましかった。
俺もやっておけば良かったかも…。なんて心の片隅で思ったりもし
た。しかしそう思ったのは全てが終ったからであり、もう自分には
関係が無いと思ったからだ。
栄里はキラリンと目を輝かせて、返答を待っている。私はその目
を見ながら、とんでもなく狂ったアイデアを思い付いた。
志「俺が空を飛ぶなら、体験コースのタンデムジャンプなんてやり
たくないな。やるなら自分一人で空を飛べるようになる、ちゃん
とした講習を受けるよ。１０回コースで３０万円位するやつね」
１回きりの体験もできない奴が、ましてフリーフォールで泣きが
入っている奴に、１０回コースなんてできるわけがない。その時は
頭の中に膿がたまっていて、おかしくなっていたのだろう。今思い
出しても腹立たしくて恥かしい、逃げ出したい気持ちでいっぱいに
なる。
栄「そう。それなら仕方ないね」
やさしい栄里はそう言って、２度と一緒に飛ぼうとは言わなくな
った。私の戯言を信じてくれたのか、愛想を尽かしたのかは今でも
分らない。
私たちはコンドミニアムに戻ると、自分の部屋に戻ってくつろい
だ。空から落ちるだけとはいえ、２人は肉体的にも精神的にもかな
り疲れたのだろう。
私と聡はコンドミニアムでも同じ部屋だ。シングルベットが２つ
置いてある部屋に戻り、ベットに体を預けた。私はうつ伏せになっ
て聡に聞いてみた。
志「本当のところどうでした。恐くなかったですか？」
それだけが気になっていた。聡は天井を見つめながらこう答えた。
聡「めちゃめちゃ恐かったよ。２度とあんな体験はしたくない。セ
スナから飛び降りた時が一番恐くてね。当然足の下には何もない
わけじゃん。ちょっとどこかから飛び降りるのとはわけが違うじ
ゃん。どこまでもどこまでも落ちて行くんだよ。風圧で呼吸は満
足にできない。足の踏ん張る先はどこにもない。パラシュートが
開くまで数十秒らしいんだけど、何分にも感じられた。開いてか
らは、栄里が言うように楽しかったけど、それまでは地獄だね」
私はその話しだけで体が縮こまり、鳥肌がたってしまった。足の
下に何もなくて、体を支えるものが何もないというのは、どういう
感じなのだろう。
私は年甲斐もなくベットの上でピョンピョンと飛び跳ね始めた。
聡のした体験を少しでも感じてみようと思ったからだ。飛び跳ねて
勢いにのったところで、床の上に飛び降りてみる。ｄｏｎ！という
音と共に見事着地。当たり前だ。
しかしそれを何度か繰り返しているうちに、おかしな事を考え始
めた。「この床が無くなったらどこまでも落ちて行くんだよな。そ
のどこまでも落ちて行くのを体験するのがスカイダイビングなんだ
よな」
その時はもう本当に恐怖でおかしくなっていたのだろう。ベット
の上を飛び跳ねるのも恐くなってしまった。私の落ちモノ恐怖症は
更に磨きがかかってしまった。
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