〜車の修理点検その７〜（ダーウィンにて）
私と聡は、車の修理は日本人が経営する店と決めていた。理由は
すごく簡単で、英語が喋れないから。しかしダーウィンは州都であ
りながら街の規模はそれほど大きくなく、日本人経営の店があると
は思えなかった。
速度を３０ｋｍ以上にすると凄まじい横揺れがやってくる。いつ道
端で止ってもおかしくない状態だ。日本人経営の店を探してる暇は
ない。私たちは道中見つけた修理工場に飛び込んだ。
するとそこには、車椅子に乗ったおっちゃんがいた。ここの主だろ
うか？
志「すみません。車を修理してもらいたいんですけど」
オ「ー＠ひｔｋｄ＠）ｔ＠ｗ＠ｇｊｄ」
何を言ってるのかさっぱり分からなかった。日本人にも言えるこ
とだが、年寄りの言う事は聞き取りづらい。口の中でモゴモゴ喋る
ので、さっぱり分からないのだ。
一度モゴモゴ喋る年上の日本人に失礼承知で聞いたことがある。
「なんでちゃんと喋らないんですか？」、すると戻ってきた答えは
「面倒くさいからだ」だった。納得してしまった。
志「え、何ですって？もう一度言って」
オ「ｄｂｈｓｋ５ｙｇ）ｌ；ｙ３えｗ＠ｒ」
意志の疎通ができない。経験上駄目だと分かっていたが、筆談作
戦に出た。
志「このメモに書いてくれ！」
オージーは笑いながら肯いてメモにすらすらと書いてくれたが、
そこには読解不能文字が書かれていた。オージーの字は日本人から
見ると酷く難解なことが多い。
私は困り果て、聡がパニックになって白目になって叫びだそうと
した瞬間、若い従業員からお声がかかった。
従「俺が車を見てやるから鍵を貸しなよ」
助かった。従業員に速度を上げると大きな揺れを感じるとだけ伝
えて鍵を渡した。するとおっちゃんはニコニコしながらうんうん肯
いて、事務所においでと手招きしてくれた。
事務所の中には、レースに参加しているおっちゃんの写真がたく
さん貼られていた。写真の中のおっちゃんは自分の足で立っていて
若々しかった。この人に歴史あり。妄想癖の激しい私の脳に、おっ
ちゃんの過去が見えてきた。
「おっちゃんはオーストラリアで有名なメカニックだった（悪い意
味で有名）。彼は自分の息子を一流のレーサーに育て上げ、表彰台
に立たせるという夢をもっていた。しかしその夢を叶えるべくレー
ス会場で悲劇は起きた。
２位と大差をつけてゴールインした息子の車が、緩やかなカーブを
曲がりきれず壁に激突してしまったのだ。激突の衝撃こそ少なかっ
たが、燃料を満載した車は見る間に炎に包まれていった。
レース用の車からの脱出は非常に困難だ。ステアリングと３点式シ
ートベルトを外して、寝るような形で乗り込んだ運転席から這い出
さなくては出られない。
彼がやっとステアリングを外した時には、全身が炎に包まれていた。
炎は酸素を奪い肺を焦がす。ギャラリーはなす術もなく見守るだけ。
唸る炎の音を聞きながら、彼はステアリングを手放したその時。炎
に包まれる彼のシードベルトを外し、運転席から引っ張り出そうと
する男がいた。おっちゃんだった。炎に包まれながら息子の脇の下
に手を入れ、運転席から引っ張り出した。
消火器をもった係員が駆けつけた時には、火傷に苦しむおっちゃん
とピクリとも動かなくなった息子が横たわっていた。おっちゃんは
息子と下半身の自由を失った。
その日の１位の表彰台には、焼けたステアリングが置かれていた」
私は我ながら良くできた妄想だと、聡におっちゃんの過去を教え
てあげたが、矛盾点を指摘されてしまった。
聡「火傷で下半身不随になるの？それよりも、おっちゃんの手とか
顔に火傷の跡が見当たらないけど…」
すっかりご機嫌斜めになってしまい不貞腐れていると、さっきの
従業員が戻ってきた。
従「やばいねこりゃ！かなり重傷だよ。修理に何日もかかるよ！」
志「どれくらいに完成する？」
従「そうだな〜。来週の火曜日には直ってると思うよ」
９９％火曜日には直ってない。それがオージーのやり方だ。私た
ちがダーウィンを出発するのは来週の金曜日だ。いくら時間にルー
ズなオージーでも金曜日には間に合うだろう。
志「ＯＫそれじゃあ。火曜日にまた来るからよろしく頼んだよ！」
従「ＯＫ！任しとき！」
私たちと従業員のやり取りを見て、おっちゃんは”ほほっ”と笑
った。
コンドミニアムへの帰り道。私と聡はしりとりをした。
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