〜栄里帰る〜
とうとうこの日がやってきた。毎日おいしい料理を作ってくれた
栄里が、日本に帰ってしまう。愛しのトムヤムクンスープともお別
れだ。聡はくりっとした多きな瞳を潤ませながら、栄里に向ってこ
う言った。
聡「いままでおいしい食事を作ってくれてありがとう。栄里と別れ
るのは寂しいけど、こればっかりは仕方ないよな。日本に到着した
らメールくれよな。待ってるから」
栄「うん。ありがとう。家に帰ったらまず２人にメール書くからね」
栄里の言葉はともかく、聡の発言は嘘丸出しに聞こえた。聡に
”ありがとう”という言葉は似合わない。恐らく寂しいというのも
栄里と離れるのが寂しいのではなく、トムヤムクンスープを食べら
れなくなるのが悲しいだけだ。
志「じゃあそろそろ行きましょうか」
時速３０ｋｍ以上で走ると、凄まじい音と共に運転席が横揺れす
るポンコツ車は、まだ修理中。僕たちは、タクシーに乗ってダーウ
ィン空港に向った。
タクシーに乗り込むと、３人とも頬杖をついて無言のまま窓の外を
眺めていた。栄里は、大好きなビリヤードのこと、聡は今日の夕飯
のことでも考えていたのだろう。僕は、飛行機って便利だなーと考
えていた。すごい馬鹿っぽいけど。
空港に到着すると搭乗開始まで１時間ほど余裕があったので、持参
したカメラをベンチの上において、３人の記念写真を撮った。中央
に立った栄里は、寂しげな顔。僕は作り笑い。聡は破廉恥極まりな
いおどけたポーズ。
その後は、特別盛り上がる話しをするわけでもなく、ポツリポツリ
と会話が途切れならが時間が過ぎて行った。やがて搭乗開始のアナ
ウンスが流れ、なんとなく席を立ち搭乗口まで栄里を見送った。
栄「じゃあ今までありがとうね。それじゃあ帰るよ」
聡「志帆はまだ先だけど、俺は１ヶ月後には帰国するから、日本で
会おうね」
志「じゃあ俺はメール待ってるよ」
別れるのは寂しいけど、永遠に別れるわけじゃないから、特別な挨
拶をするのもおかしい。普通に駅のホームで友達と別れるのに似て
いて、なんか変な気分だった。
栄里は僕たちに背中を見せると、一度も振り向くことなく去って行
った。
志「行っちゃいましたね」
聡「そうだな。栄里はこれで終わりだけど、俺たちはまだ続くんだ
よな。帰国した栄里がうらやましいな」
そうなのだ。シドニーからダーウィンまで走破したが、オースト
ラリアを１周するには、やっと半分を過ぎたという感じ。大陸って
言うだけあってオーストラリアはでかい。ダーウィンまでの道のり
は、ある程度の計画に沿って突き進んできた。しかし残りの半分の
日程は、不透明だった。
というのも聡がオーストラリアにいられる期間を考えると、２人で
１周することは不可能に思えたからだ。お互いその事に気がついて
いたが、栄里がいる間その話しは出なかった。今後の最重要課題だ。
取り残された僕たち２人は、タクシー乗り場に向って歩きはじめ
た。
志「あーあ。本当に行っちゃいましたね。元通り２人に戻っただけ
なのになんか寂しいですね」
聡「そうだな〜。栄里がいなくなって何が寂しいって、トムヤムク
ンスープだ食べられなくなるのが一番でかいよな。がははははは」
あ、あんたやっぱりそうだったのかい！
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