〜怪しくもやさしい男〜

　ロックハンプトンは南緯２３度２７分の南回帰線が交差する町だ。
もしも日本の冬至の時期に訪れる事が出来れば、正午の太陽を真上
に見る事が出来ただろう。そして今でこそ放牧メインで成り立って
いるこの町だが、昔はゴールドラッシュで沸いた時期があり、そこ
そこの人口と観光スポットがあるらしい。

しかし時間的余裕がない私たちはこの町には見向きもせず、次の目
的地をどこにするかの計画を立てていた。Ｃｏｌｅｓで買ったピザ
を頬張りながら次の目的地をアーリービーチに決めた後、ドミトリ
ーの自分のベッドヘ体を横たわらせた。それはまだ早い時間だった
と思う。

　しかし夜中の３時頃に上の方からの不快な騒音で目が覚めてしま
った。その騒音は凄まじく
「ＺｕＧｙｕｇｙｕｇｙｕｇｙｕ」
「ＢｕＢｙｏｂｙｏｂｙｏｂｙｏ」
地響きにも似たその音の正体は、上のベッドで寝てる男の鼾だった。
この音の下では直ぐに寝る自信がなく、眠い目を擦りながら、たい
して行きたくもないトイレにトボトボと向かった。

　さすがにこの時間に起きてるものはいなくて、夕食時に賑わって
いたロビーも、蛍光燈の”ｚｉｚｉｉ…”という音以外はひっそり
と静まり返っていた。

しかしトイレに到着しすっかりリラックスして小便をしていると、
突然一人の男が入り口から入ってきた。その入り方は少し怪しく、
どこか物陰に隠れ、誰かが来たのを見計らって入ってきたという感
じだった。

私はとっさに、貴重品を持ってきていない事を頭の中で確認して小
便を続けたが、男は何もせず大便器の方に向かっていった。「良か
った…」ただ単に夜中に腹の調子が悪くなっただけらしい。私はほ
っとしながら洗面所で手を洗い、大便器の方をちらっと見てからト
イレを後にした。ところがトイレから出て数メートル歩いた所で、
その男に声をかけられた。

男「ちょっと待ってくれない」
志「何か用かい？」

その時の私は、寝ぼけていたのか、貴重品を持っていなかったから
なのか、非常にリラックスしていた。

男「君って６号ドミトリーの人だよね？」
志「ん〜ふ（否定とも肯定ともとれる曖昧な相槌）」
男「実はね僕の犬が寒さのために震えているんだよ。ちょっと見て
　くれるかい」

男の後に付いて行くと、ロビー側で毛布を掛けて震えている犬が確
かにいた。どうやらこの男は物盗りとかではないらしい。不審な行
動に合点がいかないが。

男「今日は冷え込むからね。僕の毛布を全部掛けてあげても駄目な
　んだよ。それでもし君の部屋のベッドが余ってて、毛布が残って
　いるようだったら貸してもらいたいんだ」

その犬は真っ黒な大型犬だったが、弱く悲しそうな目で地面を見つ
めていた。

志「分かったよ。余ってるか見てあげるからちょっと待ってて」

いいや部屋は人でいっぱいのはずだ。寝る前に男２女３の５人組み
が部屋に入ってきて、男と女で別れて二つのベッドに無理矢理寝て
るのを確認している。

自分のドミトリーに戻り真っ暗の中ベッドを確認してみるが、やは
り満員だった。しかも地響きは鳴り続いている…。しかし今日はそ
んなに寒いだろうか？シドニーから北上している私には暖かく感じ
るのに。そうだ、それならこうしよう。

志「お待たせ持ってきたよ。ベッドは全部埋まってたから、俺の２
　枚ある毛布のうちの１枚を貸してあげるよ。それで足りそうかい
　？」
男「おお！足りるかどうか分からないけどありがとう。僕はもう少
　し犬の側にいてあげるよ。ありがとうおやすみ」
志「おやすみ」

「ＺｕＧｙｕｇｙｕｇｙｕｇｙｕ」
「ＢｕＢｙｏｂｙｏｂｙｏｂｙｏ」

さてどうやって眠ろうかな…

〜そして次の日〜

　翌朝目を覚ますと、小太りの髭面モジャパーマランニング男が、
一緒に泊まっていた女の子３人に何やら話し掛けていた。すると女
の子達は、笑いながら何かを言って出ていった。次にモジャは、一
人で泊まっていた男にも話し掛けていたが、彼は「Ｎｏ」と一言だ
け発して、黙々と荷造りを続けた。

モジャは続いて私の所へやって来てこう言った。

モ「昨日の晩、私の鼾がうるさくなかったかい？」

地響きの正体はコイツだったのか。まぁモジャパーマのおかげでお
かしな体験が出来たし良しとしようか。

志「Ｎｏ」
モ「おーそうかい。君は下で寝てたみたいだから迷惑掛けたと思っ
　たんだけどそれは良かったよ」

髭面モジャもニコニコ笑顔で荷造りをして出て行った。私たちもそ
ろそろ出発の準備をして出て行こう。

聡「昨日の鼾うるさかった男に話し掛けられてただろう」
志「ええ。話し掛けられましたとも。地響きみたいな鼾でしたね」
聡「まったくだ。俺は気ィー狂いそうになったけどね」
志「僕もですよ」
聡、志「わっはっは」

　ドミトリーのドアを開けると、直ぐ側に夜中の男が座っており、
庭には元気に走り回る昨日の犬がいた。

男「おはよう。昨日は毛布をありがとう。おかげで犬も元気になっ
　たよ」
志「わざわざ持って来てくれたのかい。そりゃどうも」
聡「おいおい、これは誰だい？」
志「昨晩あの犬に毛布を貸してあげたんですよ。その飼い主です」
聡「ふーん」
男「君たちはこれからどこに行くんだい？」
志「俺達は一周旅行の途中なんだよ。とりあえずケアンズに向かう
　ところだ」
男「おお、いいねーそれは楽しそうだ」
志「君はこれからどこに行くんだい？」
男「Ｓｈｉｔ！！（くそったれ！！）」

　いきなりの罵声に私は驚いてしまった。なにか聞いてはいけない
事を聞いてしまったのだろうか？

志「え？どこに行くって？」
男「Ｓｈｉｔ！Ｓｈｉｔ！」
志「え？どういう意味か分かんないんだけどＳｈｉｔって？何？」
男「Ｗｈａｔ’ｓ？」
聡「おい志帆よ。ＳｈｉｔじゃなくてＳｙｄｎｅｙって言ってない
　かい？」
志「おろ！？君はシドニーに行くのかい？」
男「イエースイエース！」

聡と一緒に男ががっちりガッツポーズ。

志「そろそろ出発しましょうか…」

このようにＹＨＡにはいろいろな出会いがある。