〜ケアンズを振り返って〜
私たちはリゾート地ケアンズを後にして、内陸部入り口に位置す
る街タウンズビルへと向った。一週間ぶりに車の運転を行ない、う
れしい気もするが、日々前進するだけの単調な暮らしが始まった。
今は一度北上してきた道を南下している。
観光客である私たちにとってケアンズは楽しい街だった。しかし
ケアンズに２〜３年滞在している、日本人インストラクタはケアン
ズについてこんな事を言っていた。
「ケアンズは旅行者にとっては、アトラクションが山ほどあるから
楽しい街だけど、住んでる者にとってはつまらない街なんですよ。
住んでる者のための娯楽はとても少ないし、ケアンズにいる日本人
の多くは観光客だから友人は出来にくい。それに四季が無いのがつ
まらなくてね」
なるほど四季か。日本にだけ居たらなかなか考えない事だ。ケア
ンズは年間を通して暖かいので、気温の違いはあれ毎日が夏！とい
う感じだ。それはそれで過ごし易くはあるのだが、そこにあるのは
単調な生活の繰り返しだ。３年も居れば飽きて当然かもしれない。
彼は恐らく、日本の四季に富んだ生活が恋しくなっていたのだろう。
夏に「クソ暑い！」とか言いながら、海でビールを飲んだり、冬に
「めちゃ寒い！」とか言いながら、こたつで鍋をつついたりする生
活に。
日本で生れ育った者にとって四季が無いというのは、楽であるのと
同時に、物足りなくもあるのだろう。季節が変わる毎に洋服を変え
たり、暖房機具を出し入れするのは面倒だけど、日本人の性に合っ
ているのかもしれない。
もしかしたらオージーののんびり気質と、日本人のせっかち気質
は、多少なりとも四季の有無が関係しているんじゃないだろうか？
四季のある国で生れた人は、四季がない国に生れた人に比べて、ほ
んの少しだけ幸せかもしれない。
車を運転しながら、そんな事を考えていた。
聡「それでさー。その体験ダイビングのインストラクタがやけに可
愛くてさ。何が可愛いって喋り方とか仕種が可愛いんだよ。なん
か、俺に気があるんじゃないかって感じでさ。いっひっひっ」
助手席にいた聡の話しは、ほとんど聞いていなかった。
〜オンボロ君を酷使する〜
タウンズビルに到着すると、一際目立つ岩山が街の中央に鎮座し
ていた。それは高さ２８５ｍのキャッスルヒルであり、我が愛車オ
ンボロ君を崩壊の第一歩に誘う山であった。
私と聡はＹＨＡを見つけて荷物を置き、早速その山を目指して出
発した。時間は日没まで１時間ほどあったので、夕日に染まる街並
みを、頂上から眺めてやろうなんて企てていた。
ＹＨＡの主人に聞いたところ、山の頂上まで車で登る事が出来ると
の事。距離的にも遠くはないので、私の運転で山の麓までちょろっ
と車を走らせた。
すると頂上まで続いてなさそうな道が直ぐに見付かった。恐らくこ
の山は街の観光名所であると思われるのだが、その道は一車線しか
無く、周りは草でボーボー。その上傾斜角が３０度はあろうかとい
う、オンボロ君が根を上げそうな角度だった。
聡「この道は違うんじゃないの？」
志「やはりそうですかね。けど山の斜面に沿ってますよ」
聡「なんかこの道の感じだと、ここから見えない先で、行き止まり
になってそうな気がするよ」
志「じゃあ行き止まりになってるか、確認して見ましょうか？」
聡「この車で登れるかも分からないよ？」
志「大丈夫ですよ。登れなかったら降りれば良いんですから」
聡「車が壊れるかもよ」
志「大丈夫ですよ。じゃぁ行きますよ！」
シフトレバーを１速に入れるよう、聡から注意を受けてからアク
セルを強く踏み込んだ。
Ｇｗｏｎ！！Ｇｗｏｎ！！
今まで聞いた事無いようなエンジン音が辺りに鳴り響いたが、車は
坂の途中でぴたりと止まってしまった。更にエンジンを回そうとア
クセルをべた踏みするが、状況は変わらなかった。
イヤ、状況は変わった。エンジンの凄まじい音と、どこかから異常
音が聞こえ始めたのだ。
聡「おい！やばい音がしてるぞ。ブレーキを踏んでアクセル緩めて」
坂の途中で車を一旦止めてから、後方を見ながらブレーキを緩め、
元いた場所へと車を戻した。いつのまにか外はだいぶ暗くなってい
た。
志「今日は諦らめて帰りましょうか」
聡「そうだな」
車を反転させて夕食の買い出しへと向った。しかしあの坂道は、
オンボロ君に深い傷痕を残してくれた。時速３０ｋｍ以上で走ると、
運転席の真下辺りで、異常音と小さな揺れが感じられたのだ。
その音はスターウォーズＥｐｉｓｏｄｅ１に出てきた、ポッドレー
サーのような音だった。
聡「ったく。だから言ったじゃないか。これからが旅の本番なのに
どうするんだよ」
助手席にいた聡の話しは、ほとんど聞こえていなかった。
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