〜虚無〜

　ポートヘッドランドは、サメ漁ができる港町として一部のワーホ
リメーカーに人気がある。というのは宿に着いてからはじめて知っ
た。僕と聡はかろうじてYHAがある程度の街としか思っていなかっ
たが、意外にも宿には大勢の日本人が泊まっていた。話を聞くと、
明日から10日間ほど体験漁師としてサメを捕りに行くそうだ。

彼らはもう何日もこのホテルに泊まっているのだろう。僕達以外の
日本人はすでに仲間の輪ができており、酒と夕食を楽しんでいた。
さみしくたたずむ僕と聡。男2人ぽつねん。ホテルの周りにあった
店はすでに閉まっていたので、フェラーリのトランクに積んでいた
インスタントラーメンを夕食にしようと、キッチンへと向かった。

無言のまま水の入った鍋をコンロにかける。庭からは笑い声や歓声
が途切れなく聞こえる。聡はイスに腰掛けて宙を見ている。僕は鍋
の底からのぼる泡をぼんやりと眺めている。

ラウンドを開始してひと月も経つと、毎日の生活が単調になってく
る。次の目的地を決めて、そこまで車を走らせるだけの生活。オー
ストラリアを車で一周するという、非日常に飽きる日がくるなんて
思ってもいなかった。

〜オーストラリア流パーティー〜

　水が沸騰しインスタントラーメンの袋に手を伸ばした時、外国人
に声をかけられた。

「そんなところで何やってるんだい。今日はパーティーなんだぜ。
君たちもこっちへおいでよ」

と、言われたような気がした。取りあえずこっちに来いと言ってい
るのは間違いないらしい。僕と聡はディナーを作る手を止め、席を
立った。英語は分からないがタダ飯の匂いを感じ、軽快に外国人の
後を歩く僕と聡。裏庭にはテーブルとイスが並べられ、ビールと食
べ物が大量に置かれていた。日本人のひとりをつかまえて話を聞い
たところ、ホテルのオーナーの息子が誕生日とのこと。そのパーテ
ィーが開かれているのだ。

すでに場の雰囲気は上々で、ビール片手に和む人たちが目に入った。
僕と聡は日本人がいるグループの近くに腰をかけ、話に加わった。
タダ飯タダビールを目の前にする僕たち。毎日、ジャンクフードや
パスタばかり食べているので、ガッツンガッツン食いまくりの飲み
まくり。むひょ〜って感じ。

胃袋満タン、アルコールで脳みそぐにゃぐにゃになった頃。ひとり
の外国人が立ち上がった。

「みんな聞いてくれ。これからゲームをやるから、参加したい人は
名乗り出てほしい。人数は先着1名だ」

と言った気がする。なんだろう先着1名でやるゲームって。パーテ
ィーには30人近く参加しているのに。なんだべな？僕と聡は新参者
なので取りあえず静観していたが、誰も手を上げなかった。

「なんだ。誰も手を上げないならコッチから指名するぞ。そこのキ
ミこっちに来てくれ」

彼は僕を指差していた。全員ニヤケ顔で僕の方を見た。前に座って
いた聡は特にうれしそうだった。すごい髭面がニヤニヤ笑っている。

「え！オレ？」
「そうだキミだ。こっちへ来てくれ。このゲームは新メンバーの方
が良いんだ」

イスをひいて恐る恐る立ち上がる。「こっちへ来てくれ」と言われ
ても、オレ英語分からないし。ゲームの説明されてもさっぱりだよ。

「良いかい。これから僕とキミの前にあるコンクリートの通路の上
に、ビールの空き缶を置いていく。キミはタオルで目隠しをして、
空き缶を蹴飛ばさないように通路の端まで行くんだ。どっちに行け
ば良いかは、ここにいる全員が指示するからよく聞いてくれよ」

って言ったかな？取りあえず僕、ビール飲みすぎで足フラフラなん
ですけど。目隠しなんかされたらまともに立ってられないよ。とい
うのを訴えたかったけど、英語でなんて言って良いのか分からない。
ダメね。僕。

「おい。缶を置いてくれ」

その掛け声を合図に、通路には30本近くの空き缶が並べられる。

「この配置を覚えておいてくれよ。じゃあ目隠しするからな」

目隠しをされたとたんにフラフラになる僕。それを見かねたのか、
誰かが手を差し伸べてくれた。手の感触からすると女だ。エヘヘ。

「じゃあスタート！」

手が振り解かれ再びふらふら。英語や日本語で右や左の指示が飛ぶ。
こういうのはすり足で動いてはいけない。足を垂直に離して垂直に
降ろしていく。そうすれば足が缶に触れる可能性が低くなるだろう。
でも、それにしても何だな。指示がメチャクチャだ。左と言う奴が
いれば右と言う奴もいる。「まっすぐまっすぐ！」、「志村！後
ろ！」なんて声も。

僕は女の声だけを頼りに一歩一歩前進したが、目隠しほろ酔いのせ
いか5歩くらい進んだところで、つま先に缶が触れ「カラーン」と
いう音がした。うそ〜ん。

「はっはっは残念だったね。じゃあ目隠しを取って良いよ」

どれくらい進めたのだろう。タオルを額の上にずりあげて通路を見
た。するとそこには缶が1本転がっているだけだった。30本近くあ
った空き缶がすべてなくなっている。なるほど、そういうことか。
ゲームじゃなかったのだ。初顔のやつをターゲットにして、からか
ったわけだ。

みんなが笑顔で僕の顔を見ていた。僕は頭に手をやり肩をすぼめて
「エヘ」と可愛く言った。

自分の席に戻ると聡が状況を説明してくれた。

「志帆が目隠しをしたとたん、通路に数人が集まったんだよ。そし
て音を立てずに、すべての缶を即効で撤収。志帆が数歩進んだとこ
ろで、足を下ろすところに缶を置いたってわけさ。志帆はそれを蹴
飛ばしたんだよ」

これがオーストラリア流のパーティーをエンジョイする方法。