〜ヤツが日本へ帰っていく〜

「H.I.S.って言っちゃ嫌っす〜」

　聡が旅行代理店「H.I.S.」で購入した、パースtoシドニーのエア
チケットを片手に変な踊りを踊っている。

「何ですか？H.I.S.〜なにがし〜って」
「駄洒落だよ。ダジャレ。『言っちゃ嫌っす〜』って『エイチアイ
エス〜』に聞こえるだろ？がはははは」
「本当だ。すごい、すごいよ聡！あんた天才だ！」

　25歳の僕が35歳の聡をあやすのは大変なのである（1998年当時）。



　聡と別れる日がやってきた。パースからシドニーへ飛行機で飛ん
で、数日後シドニーから日本へと聡は帰る。一方の僕は愛車でオー
ストラリアの大地をひた走る。今日でふたりのラウンド生活が終わ
る。

　聡が来豪したのが1998年7月14日。それから約2ヵ月半続いた、ふ
たりのラウンドが終わろうとしている。いま宿のベッドで寝転がっ
ている僕の横で、聡は荷造りをしている。来た時は荷物でいっぱい
だったトランクが、いまはスカスカだ（1998年8月19に車内泥棒に
あって、洋服やCDをしこたま持っていかれたから）。

「よし！コレで荷造りは完了だ。意外に早く終わったな」

　それはそうだ。荷物盗まれてるんだから。

「なんか来た時よりも軽い気がするな。気のせいかな？」

　気のせいではない。事実スカスカなのだ。と、思いはしたが口に
出さなかった。

「じゃあ、そろそろパース空港に行きますか？」
「そうだな」

　車の後部座席にトランク、助手席に聡を載せ、僕はアクセルを踏
みパース空港へと車を走らせた。ふたりでこの地で車に乗るのは、
間違いなく最後だろう。お互い感傷に浸っていたのか、車内では無
言だった。

　パース空港に到着し、聡は空港内で飛行機のチェックインの手続
きを済ませ、特別な会話をすることなく離陸の時間を待った。こう
いう時、女同士だったら、お互いに励ましの言葉を掛け合ったりす
るのだろうか。外国人同士なら抱き合って、再会の日を楽しみにし
たりするのだろう。だけど僕たちはしなかった。無言のままでいた。

　30分ほどすると搭乗が始まった。

「じゃあな志帆、オレ行くわ。本当に気をつけてラウンドを続けて
くれよ。ひとつ間違えたら死ぬかもしれないからな」
「まぁ大丈夫ですよ。車の状態が少し心配ですけど、故障してもど
うにかしますよ」
「そうだな。持ち前の能天気で頑張ってくれ。じゃあな」

　そういうと、聡は右手を差し出してきた。僕は聡の手を力を込め
て握った。そういえば聡の手を握るのって初めてだな。なんて考え
ながら。

「そうそう。最後にコレを渡しておくよ。車に戻ったら見てくれ。
それじゃあ本当に気をつけろよ。日本に戻ったらまた会おうな」

聡は僕に手提げ袋を渡すと、手を振りながら搭乗口へと消えた。そ
して僕はひとりになった。車に戻り運転席で一服した。聡からもら
った手提げ袋を開けてみると、中にはアニメ「サウスパーク」のマ
グカップがふたつとキーホルダー、1通の手紙が入っていた。

　手紙にはふたりにだけ理解できる笑い話と、感謝の言葉が書かれ
ていた。僕は顔を半笑いにしながら、何度も手紙を読み返した。そ
してサウスパークのキーホルダーに車のキーをつなげ、エンジンを
回しアクセルを踏み込んだ。

車が走り出し、パースの街角を眺めながら宿を目指す。助手席の窓
から景色がよく見えるのに気がついて、寂しさがこみ上げてきた。

１番上がオーストラリアに着たばかりの聡。そして2番目がパース空
港での聡。1番目は表情が硬いけど、2番目は活き活きしています。
これはオーストラリアというお気楽な環境が聡を変えてくれたのか、
もしくはラウンドという呪縛から開放されたことへの喜びでしょう。
最後は聡にもらったお土産。マグカップは現役で使用しています。