僕が付近を捜索している間も、自称ジャパニーズは監視役のごとく僕に付いて 来ていた。ただし僕の邪魔をする気はないようだ。先ほどの男がターバンを巻 いた日本人なんかを探す前に、本当の日本人を見つけなくては。
あまり暗闇に近づかないように辺りを探していると、ひとりの男が歩いてい るのが見えた。平坦な顔に黒髪。日本人だ！僕は手を振りながら彼に声をかけ た。
「ねぇキミ！これからニューデリー駅に行くんだけど、一緒に行かないか？イ ンド人の車に乗っていこうと思うんだけど一人じゃ心細いんだよ！」
「ダメだ！その車に乗ってはいけない！」
その時、偽バスを紹介した男が戻ってきた。
「日本人が見つかりそうだからもうちょっと待ってくれ！」
日本人の彼は言葉を続けた。
「こいつらの言うことを信用しちゃダメだ。こいつらはボッタクリの旅行会社 とかに無理やり連れて行って、法外な値段の旅行ツアーを勝手に組んだりする んだ。僕がバス乗り場に案内してあげるから一緒に行こう！」
「わかった！」
僕はインド人を無視して彼の元に走り出した。するとインド人が声をかけてき た。
「おい、日本人が見つかったんだよ！一体どこに行くんだ」
「オレは日本人の彼と一緒に行く。じゃあな！」
インド人は悔しそうな顔をしていた。無理もない。一度は釣り上げ、網で捕 らえた魚に逃げられたのだ。しかもその魚は、平均的なインド人の月収を1日 で使ってしまう種類。彼は何かを言っていたがよく分からなかった。偽日本人 は無口で立ち尽くしていた。
僕は日本人の彼について行った。これで無事にニューデリー駅に行けるだろ う。彼は空港の玄関を通り過ぎ、僕が乗ろうとしていたのと同じバス停にやっ てきた。バスが1台停車している。彼は何も言わずにバスに乗り込んだが、こ れでニューデリー駅に行けるのだろうか。ドライバーに尋ねると行くと言う。 同じバス停でも、バスによって行き先が違うのだろうか？まぁいい。この空港 に降り立つことは2度とないだろうから。
バスの中を見渡すと何人かの日本人がいた。心強い。僕はバスまで案内して くれた彼の横に座った。話をすると彼はインドに来るのは2回目で、前回色々な トラブルに巻き込まれたらしい。そしてインド人を信用してはいけないという 教訓を得たそうだ。彼は自分の名をトン吉と言った。
しばらくするとバスが動き出し、車内にインド独特の熱くて色っぽい声のポッ プミュージックが流れ始めた。男と女が会話をやり取りするように歌っている。 窓の外を眺めると暗闇に流れる黒い川と、川岸に並ぶ粗末な家が見えた。屋根 はワラでできているのだろうか、植物らしきもので覆われている。
家の周りには人間らしきものがうごめいているので、ここに住んでいるのだろ う。恐らく戦後間もない日本人も、こういう暮らしをしていたのではないだろ うか。
僕はバスに揺られながら空港でのできごとを考えた。すべてがデタラメでいい 加減だ。整備の行き届いていない空港。金目当てで集まるインド人たち。そし てすぐに分かる嘘をつく。軽のワゴンをバスと呼ぶのか。民族衣装を着た褐色 のインド人を日本人と言うか。しかしそれらのことは、事前に分かっていたこ とではないか。インドはトラブルの宝庫だと。
「Are you Japanese?」
「Yes…」
本当にデタラメだ。「Yes」と言った彼の顔は真剣で力強かった。嘘をついてい るとは微塵も感じさせない顔。三白眼が特徴的な顔だった。それを思い出した 時、僕の口元は思わず緩んでしまった。結構楽しい国じゃん。
インドに行くと「もう2度とインドに行きたくない」と言う人と「何回でも行き たい！」と言う人に分かれるという。僕は後者になれそうな気がした。楽しい か詰まらないかなんて、本人の気分次第だぜ。だったら楽しくなるように心が ければ良いじゃないか。
人任せながらも空港でのできごとを乗り越えて少し自信がついた。だがそれは すぐに打ち砕かれることになる。ニューデリー駅に到着し、バスのステップを 降りると暗闇と喧騒が待ち受けていた。
日本のお祭りや花火大会の屋台前の喧騒を思い浮かべてほしい。あなたは超 カッコイイ男か超可愛いモテモテ女。周りにいる異性は皆振り返り、放ってお かない。「ねぇこれからどこ行くの？」、「一緒に遊ばない？」などと声をか けてくる。あなたは内心ウキウキしながら、人ごみの中を闊歩する。
これをほんの少し変更すると、ニューデリー駅前の夜のイメージになる。ま ずは思い浮かべていたイメージでは明るいので、照明を50%OFF。隣にいる人の 顔も見にくい感じだ。そして声をかけてくる異性というのはすべてインド人で、 嘘の集中砲火を浴びる。するとあなたは、たちまち内心ムカムカしながら闊歩 することになる。それがニューデリー駅前のリアルな姿だ。
バスを降りた僕とトン吉は、駅周辺にあると思われる安宿を探し始めた。し かしバスを降りた直後からインド人の攻撃にあう。暗闇の中に現れる白い眼と 白い歯。インド人だ！
「宿を探しているんだろう？こっちにおいでよ」
「高級宿ならこっちだぜ」
「宿は予約なしでは入れない。俺の家に来いよ」
僕は空港での出来事で学習した。声をかけてくるインド人はすべて悪だ。自 分の道は自分で切り開くしかない。彼らの言葉に耳を傾けてはいけない。
バスを降りた日本人は、僕とトン吉以外にも何人かいた。近くにいたふたり の日本人と目が合うと、お互いに少人数ではヤバイと思ったのだろう。どちら から声をかけるでもなく、一緒に宿を探し始めた。ふたりはそれぞれチン平、 カン太と名乗った。
ニューデリー駅の前にはメインバザールという大通りがあり、一般的なイン ド人が買う食料や雑貨などを売っている。また旅行者向けの安宿が多く点在し ていることでも知られており、僕たちもこの通りに向かって歩いていくつもり だった。しかし通りの入り口に立った時、その気持ちは失せた。
通りは年末のアメ横のように人で溢れていて、宿を探しながら歩くのは困難と 思われたからだ。僕たちはメインバザールの隣にある通りの安宿を見つけそこ に入った。宿の名前は「REKHA GUESTHOUSE」。扉をノックするとサリーを巻い たオババが出てきて対応してくれた。
4人部屋はないが、トリプルの部屋を4人で使ってくれるならオーケーとのこと。 値段はひとり83ルピー。日本円で200円くらいなので問題ない。僕たちはこれ 以上、宿を探す元気もなかったので、ふたつ返事でオーケーした。
僕たちは部屋に荷物を置き、インドで初めての食事を取るために夜の街へと 繰り出した。
インドに持っていった品
・腕時計
・靴下×3
・パンツ×3
・Tシャツ×3
・ジーパン
・長袖シャツ
・青いチェックのシャツ
・タバコ×5（マイルドセブンライト）
・ポケットサイズの英和辞書
・ダウンジャケット
・手袋
・メモ帳
・ライター×9（物々交換に使う）
・爪切り
・風邪薬
・正露丸
・バンドエイド
・綿棒
・南京錠
・自転車のチェーン錠
・航空チケット
・海外旅行傷害保険
・ビニール製の袋
・トイレットペーパー1ロール
・ホッカイロ×10
・ビタミンCのアメ×2
・粉末のポカリスウェット×2
・ティッシュ
・タオル
・歯ブラシ
・歯磨き粉
・石鹸
・フィルム×11（36枚撮りISO400）
・懐中電灯
・蚊取り線香
・一眼レフカメラ
・望遠レンズ
・大量の鉛筆とボールペン
・地球の歩き方
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